一夜漬けに意味はない。
「もっと仕事で成果をあげられる人になりたい。」
日々自己研鑽のために能力を高めようと努力している人もいるでしょう。
マインドが必要なこともあるのでしょうが、
仕事の技術というのは、やればできるようになります。
人がしていることですから、結果はどうであれ練習していけばいつかはできるようになるのです。
つまり能力というのは、
鍛えれば鍛えるほどどんどん成長することが出来ます。
ぼくは超理想主義者なものですから、
常に理想に向かってつきすすみたいパンダです。
ですが、世の中全ての人がそうではありません。
現実主義で一方で先を見据えず、現状維持を望む人もいるでしょう。
それも一興です。
しかし、
時代というのは常に移り変わっていくものです。
ITは特に顕著ではありますが、
半年ですでに化石にしてしまうほど進化が著しいように
能力というのは鍛え続けなければ、
どんどん低下していってしまうのです。
現状維持を望むのであれば、
現状維持をするために時代とともに変化していく努力が必要なのです。
時代というのは常に変化していきます。
使わない能力というのは淘汰されてしまいいずれなくなっていきます。
ではどのように努力していけばいいのでしょうか。
多くの人がテスト勉強にむけて努力をしたことがあるとおもいますが、
一瞬の努力というのは誰でもできることです。
その場限りの努力、
一夜漬けの努力、
これは意識すればできると思います。
それに誰しも経験がある一夜漬けで得た知識は一瞬で忘却の彼方に忘れられます。
テスト主義に顕著ですが、テストの点数が良ければそれでいいと思って一夜漬けになってしまいます。
勉強というのはそういうものではありません。
社会人になれば当たり前のように正解のない問いを出され続けるのです。
一夜漬けでしかも忘却されて終わりのような知識に価値はありません。
テストの点数が良しとされるのは学生のうちだけです。
その経験からもわかるように、
努力をし続けるということができる人は本当に少ないのが現実です。
身体を鍛えようとジムに契約したものの、
一年ジムに通う人はほとんどいないようです。
ぼくはブログを執筆していますが、一年間ブログを投稿できる人は少ないそうです。
これもほとんどの人が辞めていくのです。
このまま続けても結果がでるか不安なこともあるでしょう。
一生芽がでないのなら、キリのいいところでやめるという選択も必要なときはあります。
しかし、もしプロとしての生き方を決めたのなら
努力というのは常にし続けなければなりません。
上位一%になるような人達は血の滲むような努力をさも当然のようにしているのです。
競争の舞台に立つには、これが最低条件のように思えます。
理想主義に生きるもの一興。
現実維持に勤しむのも一興。
どのような人生を選択するのも自分で決めることです。
ではまたっ。