パンダの備忘録

ヒトを越えたいパンダの備忘録

理不尽なクソゲーの世界へようこそ。

世の中理不尽なことだらけだよなっと思う今日この頃であります。

 

ぼくは大人になるというのは、

この理不尽をどう受けとめるかで決まるのではとも思うのです。

 

自分を中心に考えるのではなく、

環境に自分を合わせていく必要があるのでないだろうかと。

 

それを如何に我慢するかだとも感じます。

 

親ガチャ。

この言葉も一時期世間を賑わすほどに叫ばれました。

 

自分が生まれる選択は選べないもんです。

そして毒親を運悪くもってしまったらそれはそれは全てのことに介入してくることでしょう。

 

自分の人生なのに、あたかも自分が良かれと思って理不尽なレールを強いてくる。

 

 

これをガチャと呼ばずになんという。

 

しかもリセマラは不可能。

 

なんたるクソゲー。

 

 

さらに人は環境の悪さや生まれた場所も選べません。

 

人は環境に左右されるでしょう。

人間関係しかり、田舎に生まれるのか都会に生まれるのか。

下手したら戦場のド真ん中に生まれるのか。

 

地下鉄がビュンビュン走るコンクリートジャングルの小学生と、

コンビニまで徒歩1時間、バスは1時間に1本という環境の小学生の価値観は恐ろしいほど違います。

 

未だ途上国では、小学生が寝る間も惜しんで働いています。

観光地に行けばマネーマネーと今日食べるお金を稼ぐのです。

 

それらの初期設定は選べません。

好き好んで夢を諦めざるを得ない環境に生まれたいという人はいなかったことでしょう。

 

そう考えると日本という環境に生まれるだけでも、

何たる幸運のことかとも思うのです。

 

ですが、

決められないことに嘆いていても何も変われないのです。

 

親も生まれた環境もそれをいくら呪っても現実は変わりません。

 

それでも理不尽な環境に生まれても、

こと日本という恵まれた環境であれば変えることができます。

 

 

勉強するのです。

 

勉強やスポーツ、仕事努力することそれらは自身の意思で決められるからです。

 

類まれな才能と努力を惜しまないのなら、

スポーツや音楽といった芸術に励んでもいいといいと思います。

 

大学に行くお金がなくても、

今はインターネットを使えばありとあらゆる論文にアクセスすることができます。

 

死屍累々の屍の上でぼくたちは全員が学校に行く機会に恵まれ、

日本語訳された海外や日本の書籍を死ぬまで読みきれないほどの本を読むことができるのです。

 

図書館を利用すればお金もかかりません。

 

わざわざ大学が所有している情報を得なくても、

いくらでも無料で情報を得られる日本という環境を生かさない手はありません。

 

さらに大学名が全てではありませんが、

一流の大学に行くことができれば選べる企業も増えるというのは現実の話です。

 

社会人になっても

通信制大学はいくらでもあります。

 

働きながら学べる機会も多いですし、

お金を得られれば田舎から東京という競争社会のメッカに飛び込むこともできます。

 

生まれは変えられなくても、

挑戦する環境はいくらでも変えられます。

 

 

ストア哲学ではありませんが、

決められないことに嘆いていても現実は何も変われないのです。

 

親がクソだったからぼくの人生はおしまいだ。

田舎で仕事がないから、こんなブラック企業での仕事を死ぬまでしないといけない。

インフラが整ってないから車は必要だとか。

 

なら勉強しまくって人生変える努力をしたのか。

アンテナはりまくって情報を得まくったのか。

お金を少しでも貯めて東京に引っ越して挑戦する機会を伺わなかったのか。

場所を変えて仕事さえすれば毒親ともおさらばです。

 

まずやれることやったのかを自分に問うべきです。

 

自分で決められることに注力しようじゃありませんか。

 

現状を変えるならそれしかないじゃないか。

 

 

ではまたっ。