パンダの備忘録

ヒトを越えたいパンダの備忘録

教育の目的を履き違える人たち。

仕事を始めると上司や先輩に仕事を教えてもらうことになります。

 

仕事をしていくと、ゆくゆくは後輩ができて新人の教育をしていくことになります。

 

これを繰り返していくことで会社は成長していくのです。

 

 

誰しもがこの道を通ります。

 

教育。

 

ですが、この教育が本当に難しい。

誰しもが万人に対応する教育が出来るわけではないですよね。

 

人によっては教えることが苦手な人もいますし、

教えることが好きなんだよねって人もいます。

 

 

ただ教育についてやってはいけないことは共通しています。

 

それは人を萎縮させてはいけない。

 

ということです。

 

人は言葉を使ってコミュニケーションをしています。

言葉を使って思考して、言葉を使って意思を伝えるのです。

 

人類の叡智の結晶とも言えるでしょう。

 

そしてその言葉は狂気になり得るのです。

 

人に仕事を教えるタイミングは各々です。

最初から手取り足取り教える人もいれば、

失敗した時に修正をかけるように教える人もいます。

 

その時に留意したいことは、

失敗したからといって怒鳴るような言い方はいけません。

 

怒鳴るというのは感情的になっている証拠です。

 

誰もが大声で感情的に言われるのは好きではありません。

 

そうなると相手は萎縮することになります。

 

 

萎縮してしまうことのデメリットは大いにあります。

相手の顔色を伺うようになり、仕事を能動的に実施することが出来なくなります。

 

これをしたらまた怒鳴られる。

失敗したらまた怒鳴られる。

 

しなくてもいい失敗もするようになるのです。

 

ぼくはペナルティというのは慎重に取り入れないといけないと考えています。

それは時に反省文の時もあれば、

賞与に影響を与えたり、

出世に影響するような評価に影響するものだったりします。

 

ペナルティを導入することで、

失敗を反省し、二度と同じ間違いをしないようにすることが目的でしょう。

 

ですが、

それが行き過ぎると、次は初めから失敗を恐れるようになるのです。

つまり、失敗を隠す方に尽力するのです。 

 

 

失敗はするべきことです。

 

エジソンは「成功に繋がらない999通りの方法を発見した」

と言います。

 

失敗をするこで学びに変え、

次に生かす。

 

失敗をしたことで、電球の発明につながったといえるのです。

 

その失敗を恐れ能動的に行動できず、

失敗をしないように行動する。

 

しかしいづれは失敗することになるが、その失敗を隠してしまう。

 

失敗というのは、初期段階では対応可能なことも後になればなるほど致命傷になり得ます。

 

誰しもが経験したことでありながら

いざ自分が失敗してしまうとこの世の終わりのように感じるものです。

 

 

怒鳴るという行為もペナルティの一種です。

 

自分が上の立場と自覚させるために萎縮されることが目的ならいい手です。

 

ですが、教育の真の目的は相手を変えることのはずです。

 

ペナルティというのは時に反感感情をもたせたり、萎縮させてしまったりで

相手を変えるという真の目的から逸脱しやすいのです。

 

なら相手を変えられる言葉遣いというのを心掛けないといけません。

 

失敗をしてもいつでもリカバリーできる。

失敗をしても恐れてはいけない。

失敗はするべきことで良いことである。

 

それを感じさせるような会社風土、人間関係を築くことが大切です。

 

そうではない会社もありますし、

過去の深刻な事故の原因が失敗をしないための行動故だったということもありました。

 

 

失敗はしなければいけないことです。

その失敗から学び二度と同じ間違いをしない。

同じ手法を取らないことが大切です。

 

仕事の教育の目的はそこなんです。

 

 

失敗を繰り返して、

共に成長していきましょう。

 

 

ではまたっ。