自分はなんて運が悪いんだろうか。
食パンを落とせば、必ずジャムがついたほうが床につくし、
レジで空いたほうだと思った方にいけば別の所が早くさばけている。
ついていない。
こういうことが実に多いこと多いこと。
ぼくは日頃から運が悪いと思うことが生じます。
そんな人もいるのではないでしょうか。
ビジネスで成功するかどうか
というのは努力した時間に比例すると考えています。
ですが、その成功の決定打になるのは運が左右することが実に多いのです。
運の悪い自分にはその決定打すら見方に出来ないのではないか。
そう思う日々です。
どうすれば、
運を見方にすることができるのか。
ネットを探せば怪しいサイトに引っ掛けようとするし、
引き寄せの法則というのもあります。
スピリチュアル的はなんとなく避けたい気持が生じることもあります。
運という物を考えれば考えるほど、
実は運というのは必ずしも天に任せたものではないのではないかと感じるのです。
車やバイク、自転車を所持していないので
ぼくは電車を良く使います。
どうして足がないのかは今回は言及しないとして。
地下を走る地下鉄も遅延することはありますが、
路上を走る電車はさらに良く遅延します。
人身事故は多いですし、天候にも左右されやすいのが路面のデメリットでしょうか。
車の交通にも影響しますよね。
さて、よく遅延する電車。
この遅延した時にどう感じるかが、運を左右すると感じたことはありませんか。
電車が遅延すれば、
時間ギリギリ出社のぼくは当然仕事に遅れてしまいます。
社会人たるもの遅刻は厳禁です。
寝坊ならいざ知らず、
電車のせいで遅刻するなんて…
なんて運が悪いんだろうか。
いやちょっと待ってください。
電車が遅延したということは、
責任問題にはなりにくい。
つまり
堂々と遅刻できるのではまいか!?
あぁ、なんて運が良いのだろうか。
前者は運が悪かったと感じます。
後者にとっては運がよかったと思えるものです。
ぬ?
電車がただ遅れただけなのに、
運が良いと感じる人もいれば、運がなかったと感じる人がいる。
現象は何もかわっていないのです。
そう運というのは、
物事の捉え方で運が左右されるのです。
運がいいか悪いかは現象に対して自身がどう解釈するかによるものではないか。
これは電車の遅延だけにとどまりません。
宝くじにあたった人は限りなく運がいいと思うでしょう。
ですが、その後の人生を破滅した人は数知れません。
それは運がよかったと言えるのでしょうか。
車を運転していて、
あらゆる信号が赤になってイライラする。
遅刻するではないか。
ですが、会社の近くで深刻な事故が生じていた。
もしかしたら自分が事故に巻き込まれていたかもしれない。
こんなこともあり得ます。
事象というのは変えられません。
その事象に対する解釈が変わるだけなのです。
運というのは事象に対する自身の解釈によって左右されているのです。
そう考えるだけでも、
天任せで、神社に何度もお参りするだけだったのが変わってきませんか。
なんだ自分次第なんだと。
すべてがすべてこうとは限りません。
先にいうビジネスもどうなるかわからないのが運です。
種をまいたビジネスがいつ花が開くは誰にもわかりません。
すべて解釈で解決出来るかといえばそうはいかないでしょう。
ですが、
起きてしまった事象は変えられません。
変えられないものに執着してはいけません。
考え方は変えられます。
そういうことに集中していきたいものです。
ではまたっ。