パンダの備忘録

ヒトを越えたいパンダの備忘録

年齢教に囚われる人々。

いざ働き始めると初対面の人と働く際にコミュニケーションに困ることもあります。

 

共に働く仲間ですから、

出来るだけ仲良く働きたいこともあるでしょう。

 

話題の一つかもしれないですし、

共通点のきっかけを見つけるキーワードかもしれません。

 

「歳いくつなんですか?」

 

この言葉を聞くたびにうんざりするのは、僕だけでしょうか。

 

別に年齢を隠すこともないので答えますが、

 

年下だったり年齢が近ければ共通点も見つけ、仲良くなりやすいのかもしれません。

 

年上なら敬うように対応しなければなりません。

 

ですが、初対面の人に年齢をすぐ聞く人はどうなんだろうかと思っています。


それで対応を変えるのもどうなのでしょうか。

 

 

ぼくは会社で仲良しこよしをするつもりはあまりありません。

 

年齢が上だろうが、下だろうがどうでもいいのです。

 

最低限のコミュニケーションでいいですし、

業務をしっかり分担されていれば仲良くする必要性は特にありません。

 

気になるのは一点。

 

ただその人が仕事ができるかできないか。

 

仕事が出来るのなら敬意をもって接するでしょう。

仕事が出来ないのならフォローすることを考えます。

 

年齢を知ると先にあげたように対応が変わってきます。

 

 

敬語があるように年上には敬えと教えが日本には浸透しています。

 

亀の甲より年の功。


だからこそ年齢を知るとバイアスがかかりやすいのです。

 

年上なら仕事が出来るように感じるものです。

年下ならフォローするべきに感じるものです。

 


だからぼくからは年齢を聞くことはしないようにしています。

 

もちろん見た目の年齢が憶測できるものですから、

ある程度は把握しているかもしれませんが、

 

共に働く人間の年齢をぼくはほぼ知りません。

 

このようなポリシーを持っているため、

年齢を聞く行為に辟易しているのです。

 

年齢が近いからなんだというのだ。

年齢が年上だからなんだというのだ。

 

 

年齢教に囚われていないでしょうか。

 

もちろん。

誰であっても敬意をもって接することができればいいのですが…

 

蔑ろに対応したことで、

後々その人がとてもすごい人になった際に足を引っ張ることもあり得ます。

 

ですが、

それはなかなか難しいものです。

 

だからといって年齢教に囚われるような真似はしてはいけません。

 

年をくっただけの無能もいますし、

若いのに力を発揮する人もいるのです。

 

下手なバイアスに囚われず、

仕事仲間と適度な距離で接していければなと感じるこの頃です。

 

 

ではまたっ。